盛岡地方裁判所 平成4年(行ウ)5号 判決 1996年11月29日
盛岡市大沢川原三丁目七番三―一〇〇五
原告
藤原武志
右訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
岩手県一関市田村町七番一七号
被告
一関税務署長 高橋敏男
右指定代理人
佐々木功一
同
粟野金順
東京都千代田区霞ヶ関三丁目一番一号中央合同庁舎四号館
被告
国税不服審判所長 小田泰機
右指定代理人
高村宗男
被告両名指定代理人
黒津英明
同
阿部覚己
同
畠山一寿
同
佐々木幸弘
同
小笠原修
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告一関税務署長が原告に対し平成二年二月二七日付けで行った昭和六三年分の所得税についての更正処分のうち、総所得金額が金三五三万三八四二円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分はいずれも取り消す。
二 被告国税不服審判所長が平成四年二月七日付けで行った原告の審査請求を棄却する旨の裁決は、これを取り消す。
第二事案の概要等
一 争いのない事実
日本貨物鉄道株式会社に勤務する傍ら農業を営む原告が、昭和六三年分(以下、「本件係争年分」という。)の所得税について、当時居住していた岩手県一関市を管轄する被告一関税務署長(以下、「被告税務署長」という。)に対し、法定申告期限までに総所得金額を三五三万三八四二円、納付すべき税額をマイナス六万〇八〇〇円とする確定申告をした(以下、「本件確定申告」という。)ところ、被告税務署長は、原告の農業所得金額を同業者比率を用いた推計によって算出し、平成二年二月二七日付けで、原告に対し、本件係争年分の所得税について更正処分(以下、「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)を行った。
そこで、原告は、本件各処分を不服として、平成二年四月二六日異議申立てをしたところ、被告税務署長は同年一〇月二九日付けでこれを棄却する決定をしたので、同年一二月五日さらに被告国税不服審判所長(以下、「被告審判所長」という。)に対し審査請求を行ったところ、同被告は平成四年二月七日付けでこれを棄却する裁決(以下、「本件裁決」という。)を行い、裁決書は同月一四日原告宛てに送達された。なお、本件各処分及び本件裁決にいたる経緯は別紙1記載のとおりであり、また、本件係争年分の原告の給与所得金額は三七一万九四〇〇円、配偶者控除額及び配偶者特別控除額を除く、所得控除額は二三二万六四二二円である。
二 争点
本件は、原告が本件各処分及び本件裁決が違法であるとしてその取消を求めた事案であり、原告の本件係争年分の農業所得金額について、被告税務署長が行った推計の必要性及び合理性の有無、原告の実額反証の成否並びに本件裁決の違法の有無が争点である。
三 推計の必要性について
1 被告税務署長の主張
被告税務署長は、原告の昭和六二年分及び本件係争年分の各確定申告書には所得税法一二〇条四項(同法一二二条三項によって準用される場合を含む。)で添付が義務付けられている事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類の添付がなく、事業所得に関する収入金額及び必要経費等の計算根拠が不明であったことから、原告の昭和六一年ないし昭和六三年分の所得税について税務調査を行うこととした(以下、「本件税務調査」という。)。
係官小野寺忠志(以下、「小野寺係官」という。)は、平成元年八月二日から平成二年二月二七日までの間、原告の自宅への電話及び臨場、さらには調査日を指定する文書を原告の妻に手交するなど、再三にわたって原告に対し本件税務調査に対し協力を求め、確定申告書に記載された事業所得金額の計算の基となる帳簿書類等の提示を求めたが、原告からは調査には応じられない旨の電話連絡が一度あったのみで本件税務調査に対し協力する態度は認められなかったし、帳簿書類等の提示要求にも応じてもらえなかった。
そこで、被告税務署長は、原告の帳簿書類等に基づいた実額による所得金額の計算は不可能であると判断し、やむを得ず推計により本件係争年分の農業所得の金額を算定し、本件更正処分を行ったものである。
2 原告の反論
原告は、日本貨物鉄道一関機関区に勤務し、電気機関士として車両に乗務しており、勤務の日程及び時間が不規則であり、また、労働組合の分会書記長の役職も兼ねていたため常に多忙を極め、自宅にいることはまれであったことから、小野寺係官の都合に即応できなかったにすぎない。小野寺係官は、右原告の実情を知りながら、原告の組合事務所での調査や午後五時以降なら調査に応ずるとの電話での申し出を拒否し、原告が税務調査に協力しないとの口実を設けて一方的に推計を行い、本件各処分を強行した。
また、質問検査は調査の客観的な必要性が認められ、その必要性と調査の相手方の私的利益との衡量において社会的に相当な限度で許されるものであるところ、原告の農業経営の実情は加入する農業共同組合のデータを分析すれば十分把握することが可能であり、推計の必要性はなかったし、小野寺係官は、本件税務調査の理由や質問検査の客観的な必要性について原告に全く説明しようとしなかったから、本件税務調査は違法である。したがって、本件税務調査が違法である以上、これに原告が協力しなかったとすることはできず、推計の必要性を欠き、そもそも調査に基づく課税処分ということもできない。
四 推計の合理性について
1 被告税務署長の主張
(一) 本件は、被告税務署長が行った本件税務調査に原告の協力が得られなかったため、原告の農業所得を実額で把握することができず、また、反面調査などによっても耕作面積以外に推計の基礎となる項目を把握できなかったことから、本件訴訟において改めて別紙2記載のとおり、原告と事業規模が類似すると認められる同業者(以下、「類似同業者」という。)の耕作面積一〇アール当たりの農業所得の金額の平均に原告の耕作面積を乗じたものから、事業専従者控除額を控除して、原告の本件係争年分の農業所得金額を算出した(以下「本件推計」という。)ものであり、原告の本件係争年分の農業所得金額は五二万一四八九円となる。
なお、右類似同業者については、守秘義務の関係から記号で表示したものである。
(二) 右類似同業者としては、次の条件のいずれにも該当する納税者を抽出した。
なお、原告の水稲の耕作面積は、原告が加入している紫波地方農業共済組合の水稲共済の引受面積により三二七・九アールとし、原告の転作田の面積については、水田農業確立対策により原告が矢巾町に申告し、同町が確認した転作田の面積により七七・三六アールとし、転作作物についても同様に牧草、大豆、馬鈴薯とした。また、事業専従者控除額は、所得税法五七条三項(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。)により、事業専従者控除前の原告の農業所得の金額(一〇四万二九七七円)を当該事業に係る事業専従者の数(原告の場合は配偶者一人)に一を加えた数で除して計算した金額である五二万一四八八円とした。
(1) 岩手県紫波郡矢巾町に水田耕作地を有する農業を営む個人
(2) 所得税の確定申告書を提出している者で、農業所得の計算内容が分かる者
(3) 水田及び転作田(牧草、大豆及び馬鈴薯を作付けしている者に限る)を耕作している者
なお、水田及び転作田以外に作付目的が家事消費であると認められる普通畑を有する者も含むものとする。
(4) 水稲の耕作面積が、一六三・九五アール以上六五五・八アール以下(原告の水稲の耕作面積三二七・九アールの半分以上二倍以内)の範囲内にある者
(5) 転作田の耕作面積が、三八・六八アール以上一五四・七二アール以下(原告の転作田の耕作面積七七・三六アールの半分以上二倍以内)の範囲内にある者
(6) 転作田の面積が、全体の耕作面積のおおむね二〇パーセント程度の者
(7) 水稲の一〇アール当たりの共済基準収穫量(平均)が五〇四キログラム以上五五六キログラム以下(原告の一〇アール当たりの共済基準収穫量の平均である五三〇キログラムの上下五パーセントの範囲)の範囲内にある者
(8) 更正処分又は決定処分を受けている者については、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立中及び訴訟中でない者
(三) 以上の類似同業者抽出基準は、地理的条件、経営形態、事業規模及び収益力において原告と類似性が認められ、かつ、今後訴訟等により変更される可能性がなく、確実性、安全性が認められるから、合理性を有する。
また、右類似同業者の選択は、仙台国税局長名の一般通達に基づき盛岡税務署長が前記各基準を満たす者全てを無作為に、機械的に漏れなく抽出したものであり、そこに恣意が介在する余地はなく、その抽出過程は合理性を有する。
さらに、農業所得、特に水稲に係る農業所得に関しては地力が同程度の場合、同一単位の耕作面積からは、同程度の収入及び経費が発生し、同程度の所得が発生する蓋然性が高く、転作田についても作付作物が同じであれば、同一単位の耕作面積当たりの収入、経費は、ほぼ等しいと認められることから、本件課税処分においては水稲と転作物を含めた類似同業者の一〇アール当たりの農業所得金額(事業専従者控除を差し引く前の所得金額)の平均値を算定し、これに原告の耕作面積を乗じて農業所得の金額を推計したものであり、本件推計には十分な合理性が認められる。
2 原告の反論
(一) 原告の農業形成の概要
農業は、専業できるか否かによって、作付する作物の種類や設備、労働の集約度が全く異なり、耕作面積当たりの生産性には比較にならない差違が生じるところ、原告は勤務や多忙な労働組合業務の合間に農作業をするほかなかったから、農業に集中的に従事することができなかった。しかも、原告の耕作地は、自宅から約八〇キロメートル離れた矢巾町を拠点に四町村に散在しており、農業経営上決定的に不利な状況にあった。
さらに、昭和六三年は天候が不順で、春に必要な雨量がなく、秋には長雨が続いたりしたため収穫量が減少した。また、農業機械による耕作が思うにまかせず、水稲作付面積の約三分の一を手作業に頼らざるを得なかったため、原告は、雇人等に予想以上の経費を要した。加えて原告の母が入院して稼働できなかったため、その分を雇人で補うほかなかった。
(二) 類似同業者の抽出基準の問題点
本件推計の類似同業者については、専業兼業の区別、従事人員の数、遠距離通農かどうか、その距離と分散状況、転作田の作付品目と作付けの状況などの経営内容が明らかにされていない。
また、右類似同業者の抽出に当たり、被告税務署長は、原告の耕作地が盛岡税務署管内にあることから、同税務署長に報告を求めているが、それでは遠隔地に耕作地を有する原告固有の劣後条件が最初から埒外におかれることになる。
すなわち、本件推計における類似同業者抽出基準(1)によれば、原告が矢巾町以外の他の地域にも水田を持つという条件が除外されることになろうし、同(2)の転作田の作付品目についても原告は馬鈴薯を作付していない。その他、同(4)の水稲の耕作面積及び同(5)の転作田の面積をそれぞれ倍半基準の範囲内とすることに合理性はなく、同(7)の平均収穫量を上下五パーセントの範囲に限定する根拠も必然性もない。
(三) 類似同業者の抽出経過の問題点
本件推計において抽出された類似同業者は具体的に特定されているわけではなく、その主張に何らの裏付けもない。本件推計は原処分を維持することを目的として行われたものであるため客観性に欠け、またそもそも原処分とは異なった類似同業者を抽出した具体的理由が明らかにされていない。
原告の調査によれば、本件推計における類似同業者五名は、矢巾町農業協同組合の組合員の中には存在しない。
(四) 本件推計方式の選択の問題点
原告の農業経営の実情は、収入、収支とも原告が所属する農業協同組合のデータから十分に知ることが可能であったから、他の推計方法を採ることが可能であった。
また、農業は経営形態が千差万別であって、単に同業者ということのみで総括しても全体としての実態を示すに足りるような安定した農業所得の平均値が得られるはずがない。仮に同じ耕作面積であっても、そこに集中される労働力の質と量、投入される機械力や肥料等の質と量、土壌や立地条件など様々な要因によって大幅な差異が生じ、また、収入金額が類似しても経費との関係に法則性は認め難いという、他の業種とは異なる際だった特質がある。しかるに、本件推計方法は、収入も経費も関係なく所得金額で同業者比率を算出して原告に当てはめようとしており、これは農業の実態と特質を無視するものであって、推計方法を採る前提においてすでに合理性を欠くものである。
五 実額反証について
1 原告の主張
本件係争年分の原告の農業所得金額は次のとおりであって、三一万一〇二六円の損失となる。
(一) 収入 四三一万一四九五円
(1) 稲作(二三一俵) 四二七万六四一五円
(内訳)
一等米 一九二俵 三五三万一六三二円
二等米 三九俵 七四万四七八三円
(2) 麦類 三万五〇八〇円
(二) 経費 二五九万六二八八円
(1) 苗代種モミ代 二万五五四五円
(2) 苗代温床費 五万五九一〇円
(3) 田ぶち肥料代 一九万八六九〇円
(4) 田植雇人費 三万〇四三五円
(5) 除草剤散布薬剤費 一六万四四八〇円
(6) 除草剤散布機 七万一二八四円
(7) 稲刈雇人費 二万〇〇〇〇円
(8) 脱穀調整 二万七四五〇円
(9) ライスセンター 一一万五七二七円
(10) 雇人費 五九万七五六〇円
(11) 機械燃料費 七万〇八五九円
(12) 農業電気・ガス料 八万七七一七円
(13) 農業電話・通信料費 七万一八四〇円
(14) 消耗品費 六万一七七五円
(15) 研修費 四万二九〇〇円
(16) 小作料 三〇万六二八〇円
(17) 固定資産税 六万二四八〇円
(18) 自動車税 五万六八〇〇円
(19) 会費(農協組合費) 一〇万三二七二円
(20) 会費(農民組合費) 七万五二七〇円
21 会費(受検組合費) 三万五二五〇円
22 水利費ボーリング客土費等 一八万六六〇四円
23 水稲共済費 三万八七三六円
24 農業機械・自動車修理費 八万三一二一円
(三) 減価償却費 二〇二万六二三三円
(計算式)
(一)-(二)-(三)=マイナス三一万一〇二六円
2 被告税務署長の反論
(一) 納税者が実額反証によって課税庁の推計の合理性を争うには、当然にその実額が存在することを立証しなければならず、さらにその主張する実額が真実の所得額に合致すること、すなわち、単に収入及び経費の各金額を立証するだけではなく、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての収入金額(総収入金額)であり、かつ、その主張す経費の額がその収入と対応する支出(必要経費)であることまでも立証しなければならない。
(二) 収入金額について
原告は、本件訴訟において本件係争年分の農業所得に関する帳簿書類を所持していたと供述したにもかかわらず、原告側から提出されたのは「農業所得の計算」と題する書面(甲一六)にすぎないし、また、矢巾町農業協同組合徳田支所の組合員資金勘定の写し(甲一)及び「米穀販売代金精算通知票」(甲二の一ないし四)を証拠として提出し、これら書面に記載されたものだけが収入金額であると主張するが、原告の主張するところは右徳田支所を経由した収入に止まり、それ以外に収入はなかったということはできない。すなわち、水稲に関しては自家消費及び贈答を目的とする保有米が存在した可能性が認められるし、端数米が算入されていない。転作田の作物について麦類以外の作付品目について収入が計上されていないし、前記組合資金勘定の写しに記載された敷地補償料、補助金、配当金、その他の収入についてはその内容が明らかではないが、農業に係る収入があれば農業所得の収入金額に算入すべきものである。しかるに、原告が実額として主張する収入金額には、明らかに収入に算入されていない収入、あるいは算入されていないことを疑わせるものがあり、実額反証に必要な全ての取引先からの全ての収入金額であることを立証したとはいえない。
(三) 必要経費について
原告が必要経費として主張するものの中には、支出を裏付ける証拠がないもの(稲刈雇人費等)、経費が収入と対応するものであることの立証がなされていないもの(雇人費、消耗品費、農民組合費、農業機械・農業自動車修理費等)、家事関連費を含んでいるもの(機械燃料費、農業電気・ガス料、農業電話・通信費、研修費等)などが認められる。また、減価償却費については、償却期間が経過しているもの(田植機)、領収書の宛名が第三者となっているもの(バックホー)、原告の農業経営に必要があるのか疑問があるもの(スピードスプレーヤー)、減価償却資産の取得年月日や、取得価額が立証されていないもの(トラクター、トラック・ワゴン車、長木小屋)、減価償却期間に誤りがあるもの(長木小屋、用水路)、あるいは計算に間違いがあるもの(用水路)などがある。
したがって、原告が主張する金額をもって農業所得に関する経費の実額ということはできない。
六 本件各処分の適法性についての被告税務署長の主張
1 本件推計による原告の農業所得金額をもとに算出した原告の本件係争年分の総所得金額は別紙2記載のとおりである。
2 右によれば、本件更正処分に係る課税される所得金額一八三万八〇〇〇円(別紙1記載の総所得金額から所得控除額を控除した金額で一〇〇〇円未満切り捨て)は、原告の課税されるべき所得金額一九一万四〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。
また、原告には、本件更正処分により納付することとなった税額の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、本件賦課決定処分も適法である。
七 本件裁決の適法性について
1 原告の主張
被告審判所長は、原告が審査請求を行った理由について十分な審理を尽くさなかった。すなわち、被告税務署長の原告に対する調査の不足や本件処分に至る手続的な瑕疵について全く顧慮する姿勢を示さなかったばかりでなく、原告が最も希望しかつ期待していた本件更正処分における推計の基礎となった事実について、文書の閲覧請求に一部応じたのみであったり、あるいは全く応じず、原処分庁に対する求釈明の申立にもその申立を無視して応じなかったもので、これらの措置はいずれも正当な理由がなく、国税通則法九六条二項に違反しているばかりでなく、審査請求制度の趣旨にも反する。
また、被告審判所長は、被告税務署庁が本件更正処分時に選定した類似同業者四名のうち一名について除外し、新たに二名を選定して、耕作面積当たりの所得金額の平均値を本件更正処分より増額させて原告の請求を退けたが、差し替えて新たに追加した同業者がどのような者であるか、当初採用しなかった同業者をなにゆえ採用することができるようになったのか明らかにしておらず、これは国税通則法一〇一条及び八四条四項の理由付記の定めに反し、この点においても本件裁決は違法である。
2 被告審判所長の主張
被告審判所長は、原告の審査請求に係る主張について、担当審判官らが十分審理を尽くした結果に基づき、判断とその理由を裁決書に詳細に記載して説示している。
また、担当審判官らは、被告税務署長から国税通則法九六条一項の規定に基づき任意に提出された書類等の全部を原告の閲覧に供したものであり、閲覧に供する書類を選別した事実はないし、その必要性もない。したがって、原告は右閲覧によって、本件更正処分は推計の方法によって所得額が算定されていること及びその推計の基礎となった同業者の事業規模、所得率等を知り得たのであるから、原告の審査請求における手続上の利益が実質的に侵害されたところはない。なお。被告審判所長は、原告からの再度の申立があった書類閲覧請求を不許可としたが、右閲覧請求にかかる書類等は既に閲覧に供した書類等であったことから右不許可決定をしたものであって、原告の審査請求における手続上の利益を侵害していない。
さらに、被告審判所長は、審理にあたって原告から被告税務署長宛ての釈明の申立があった場合に、同被告に釈明を求めて、原告に釈明しなければならない理由はなく、仮に、担当審判官が審理を進める過程において、右釈明申立に係る事項についてその必要を認め、職権をもって、それらの事項を知り得たとしても、原告に釈明しなければならない義務もない。
また、被告審判所長が、裁決の段階において被告税務署長が行った類似同業者を差し替えたのは、転作田での作付種目の異なる者を同業者から除外し、新たに適合する同業者を加えたもので、右の経緯及び差し替え後の類似同業者の事業規模、所得率等は裁決書に記載しており、さらに、類似同業者の農業専従者、農業機械の保有台数、支払小作料に関する事項や同業者の氏名及び住所を明らかにすべきであるとの原告の主張に対しても、その判断と理由を裁決書に詳細に説示しているところであって、何ら国税通則法に反するものではない。
よって、本件裁決は適法である。
第三当裁判所の判断
一 推計の必要性について
1 当事者間に争いのない事実、証拠(乙一、一五、原告本人(第一、二回。ただし、後記信用しない部分を除く。)、証人藤原由美子(ただし、後記信用しない部分を除く。)、同小野寺忠志)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和六三年当時、岩手県一関市内に居住し、日本貨物鉄道株式会社に勤務する傍ら実家のある同県紫波郡矢巾町内及びその周辺に散在する農地を耕作し、農業を営んでいたが、原告の自宅から耕作地までは自動車で片道二時間程を要したし、また、勤務先においては列車乗務員の職にあったほか、労働組合の役員もしていたため、多忙な生活を送っていた。
(二) 被告税務署長は、原告の昭和六二年分、本件係争年分の所得税の確定申告書を審理したところ、右確定申告書には所得税法一二〇条四項で添付が義務付けられている収支内訳書の添付がなく、その計算根拠が不明であったことから、原告に対し、本件税務調査を行うことにした。
(三) 一関税務署の小野寺係官は、平成元年八月二日(以下、特に記載のない場合には平成元年のことをいうこととする。)午後四時五〇分ころ原告方に電話をかけたが、原告は不在であったため、応対に出た原告の妻藤原由美子(以下、「由美子」という。)に対し、「昭和六一年から本件係争年分までの原告の所得税について調査をしたい。本件確定申告の基になった農協の組合資金勘定など帳簿書類を見せて欲しいので都合がよければ同月八日に原告方を訪問したい。」と申し入れたところ、由美子は、「夏の時期だから都合が悪い。八月八日までは予定が立たない。九日以降の日程については分からない。」と言うので、同係官は由美子に対し後でまた連絡するので原告の予定を聞いておいて欲しいと依頼した。
(四) 小野寺係官は、同月八日午前九時ころ、再び原告方に電話したが、原告は不在であり、応対した由美子は会社勤務のため原告は九日から一一日までは休めない、農業関係の帳簿書類は矢巾町の実家に保管している、お盆過ぎには実家に帰るので調査はお盆過ぎにして欲しいと述べた。そこで、同係官は、由美子に対し、矢巾町の実家に保管しているという帳簿書類を持ってきておいて欲しい、お盆過ぎに再び電話すると述べた。
(五) 小野寺係官は、同月二四日午後四時二〇分ころ原告方に電話したが、このときも原告は不在であったため、応対した由美子に調査を行うのに都合のよい日はいつかと尋ねたところ、原告は会社の勤務のため忙しいというので、原告に代って由美子の立会いで帳簿書類などを見せてもらえないかと申し入れたが、断られたため、原告と直接話がしたいので原告の方から同係官宛てに電話を入れるよう依頼したところ、由美子の了承を得た。
(六) 同日午後四時四〇分ころ、小野寺係官宛てに一関民主商工会(以下、「民商」という。)の西条と名乗る者から電話があり、「奥さんから電話をもらった。どういうことなのか教えて欲しい。」と言うので、同係官が原告に対する所得確認の調査だと説明したところ、「帳簿書類などが届き次第原告を休ませるか、妻由美子の立会いのもとで調査を進めて欲しい。九月初めころには帳簿調査ができるだろう。」と言うので、同係官も了承した。
(七) しかし、その後も原告から何の連絡も入らなかったため、小野寺係官は、九月一三日午前一〇時ころ、事前の連絡はせずに原告方を訪問したが、原告は勤務は休みだが農作業のため矢巾町の方に行っており、不在ということであった。そこで、同係官は応対に出た由美子に身分証明書と質問検査証を提示し、調査に協力を求めたが、実家の方から取り寄せを依頼していた帳簿書類は実家にあるということであり、由美子の分かる範囲で調査に応じてもらえないかと申し入れたが、農業には関わっていないと言って拒絶された。小野寺係官は、改めて由美子に対し、原告本人の所得税の調査であること、調査の対象は昭和六一年から三年分であること、帳簿などを提示してもらえば早期に調査が終了することなどを説明し、本件税務調査への協力を求め、その旨原告にも伝えて欲しいと依頼し、同日午前一一時ころ原告方を辞した。
(八) 同月一八日午前一〇時ころ、小野寺係官は、電話で帳簿の用意ができたか確認したところ、原告は不在であり、応対に出た由美子が民商に帳簿書類を預け、調査の件も任せてあるのと言うので、原告個人の所得に関する調査なので帳簿書類を取り寄せて欲しいこと、本人に調査に協力する意思があるのか、あるなら調査の日程について連絡してくれるように伝えて欲しいと依頼したが、原告からの連絡はなかった。
(九) そこで、小野寺係官は、同月二〇日午後三時五〇分ころに原告方を訪れたが、応対に出た由美子の話によれば、原告は早朝に勤務先から帰宅したが午後から実家の方に行っており、不在だということであった。同係官は、由美子に対し、今日のような日に連絡をもらえれば調査が可能であること、本人が不在であれば由美子の立会いで帳簿を見せて欲しいなどと、本件税務調査への協力を求めたが、由美子は、自分には農業のことは分からないし、原告に調査に協力する意思があるのかどうかも分からない、勤務が忙しく休みの日は農作業があるので調査の時間を取ることができないと言うので、同係官は、原告宛ての、同月二八日午前一〇時ころ調査のため原告方を訪問するので在宅を願う旨、また、都合が悪い場合には前日までに連絡して欲しい旨記載した書面(乙一五)を由美子に交付し、原告に渡すよう依頼した。
(一〇) 小野寺係官は、原告から都合が悪いとの連絡も入らなかったので、同月二八日午前九時四五分ころ原告方を訪問したところ、原告は早朝から勤務のため不在ということであり、また、由美子から一関税務署の方に原告から電話が入っているはずだ言われた。そこで、同係官は、由美子に対し、もう一度本件税務調査に協力するよう求め、原告の都合などを確認して欲しいと述べたが、従前のとおり仕事が忙しくいつ時間が取れるか分からないというような話が繰り返されるばかりだったことから、原告に本件税務調査に応じる意思がないものと判断し、由美子に、税務署独自の調査を進めると述べ、その旨原告に伝えるよう依頼して、原告方を辞した。
一関税務署に戻った小野寺係官は、他の職員から同係官が税務署を出た後で原告から電話があり、「勤務のため都合が悪い。時間に余裕がないので調査には応じられない。反面調査をするならば進めて構わない。稲刈り後でも調査に応じられるか分からない。」という趣旨の話があったことを聞いた。
(一一) 小野寺係官は、平成二年二月二三日午後一時ころ、原告方に臨場したが、家人は不在で面接できなかった。そこで、同係官は、同日午後三時ころ原告方に連絡し、不在であった原告の代わりに由美子に対し、「調査の結果について話がしたいので、二月二六日までに原告本人の方から私宛てに連絡して欲しい。当日までに連絡がなければ税務署独自で把握した金額をもって処理することになる。」と伝えたが、原告の方からは何の連絡もなかった。
(一二) 右の経緯のもとで、被告税務署長は、原告が本件税務調査に応じる意思がないものと判断し、推計により、原告の所得金額を算出し、本件各処分を行った。
2(一) 以上によれば、小野寺係官は、原告に対し、その生活状況を考慮した上で、その妻の由美子を介するなどの方法により、再三にわたって帳簿書類等の提示や日程調整のための連絡等本件税務調査への協力を求めていたものであって、原告がその主張するとおり多忙な生活を送っていたことを考慮に入れたとしても、前記認定の事実の経過からすれば、原告に本件税務調査に協力する意思や姿勢がなかったものと認めざるを得ない。そのため、被告税務署長は原告の農業所得の実額を把握することができなかったものであり、本件において推計の必要性が存したというべきである。
(二) なお、前記認定の事実に関連して、原告は、小野寺係官に自ら何度か電話をかけて都合のよい時間を指定するなどしたにもかかわらず、被告税務署長は原告が本件税務調査に協力しなかったとの口実を設けて本件各処分を行ったと主張し、原告本人(第一、二回)及び証人藤原由美子の供述中にはこれに沿う部分があるが、両名の右各供述は具体性に欠け、信用できない。
また、原告は、本件確定申告に収支内訳書を添付していなかったからといって本件税務調査の必要は認められず、調査を担当した小野寺係官からその理由の開示もなかったと主張する。しかし、前記認定のとおり、原告の本件係争年分の確定申告書によると農業所得が赤字となっているところ、同申告書に収支内訳書が添付されていなかっため事業所得に関する収入金額及び必要経費等の計算根拠等が不明であったことが認められ、調査権限を有する被告税務署長において税務調査の必要ありと判断したのは相当であって、本件税務調査の必要性に欠けるところはないというべきである。また、税務調査の理由の開示は質問検査を行う上で要件とはされていないが、前記認定の事実によれば、小野寺係官は原告の妻を通じて原告に本件税務調査の理由を説明しており、これに反する証人藤原由美子の証言は信用できず、原告の右主張も採用できない。
さらに、原告は、本件税務調査における質問検査権の行使は、社会的に相当な限度を逸脱し違法であると主張するが、前記認定の事実によれば、本件税務調査における質問検査権の行使は、社会通念上相当な限度に止まる合理的なものと認められる。
(三) なお、原告は、そもそも原告の農業経営の実情は加入する農業協同組合のデータを分析すれば十分把握することが可能であり、推計の必要性はないと主張するけれども、農業関係の収入及び支出が全て組合を通じて発生するとは認め難く、組合の資金勘定を調査しても原告の農業経営の実情を十分把握することはできないから、原告の右主張も採用できない。
二 推計の合理性について
1(一) 証拠(乙八の一、二、乙九の一、二、乙一〇の一、二、乙一一)によれば、被告税務署長は、原告の本件係争年分の農業所得金額を実額で把握できなかったことから、やむを得ず同業者比率による推計により算出した本件係争年分の原告の農業所得の金額を基に本件更正処分を行い、さらに本件訴訟において、改めて本件推計を行ったこと、本件推計に当たっては、原告の水稲共済の引受面積に基づいて原告の水稲の耕作面積を三二七・九アールと、また、原告から矢巾町長宛て提出された水田農業確立対策実施計画に基づいて転作田の耕作面積を七七・三六アール、転作作物を牧草、大豆及び馬鈴薯としたこと、本件推計を行うに当たり、仙台国税局長は原告が一関税務署管内に居住していたものの、その耕作地は盛岡税務署管内にあるため、被告税務署長が主張する前記類似同業者抽出基準(1)ないし(8)の条件を満たす同業者を抽出するよう通達を出し、盛岡税務署長は、右の基準を全て満たす者を機械的に抽出したこと、被告税務署長はそれら類似同業者五名の一〇アール当たりの平均農業所得金額に原告の耕作面積を乗じてその農業所得金額を算出したもので、その経過は別紙2記載のとおりであることがそれぞれ認められる。
(二) 原告は、原告方の水稲の耕作面積を三一七アールであると主張し、原告が加入している矢巾町農協徳田支所作成の書面(甲二〇)を提出するが、それがいかなる根拠に基づいて作成されたのかは明らかではないから、直ちに右書面を信用することはできない。むしろ、被告税務署長が依拠した紫波地方農業共済組合の水稲の共済引受面積は、災害時等の水稲共済金の支払の基礎となるもので、加入者が申請した面積に応じて共済掛金を支払わなければならない(原告本人第一回)のであるから、正確性を有するものと認めてこれを推計の基礎とすることに合理性があるということができ、原告の右主張は採用できない。
また、原告は、本件係争年分の転作作物として馬鈴薯は作っていなかったと主張し、その旨供述をするが、被告税務署長が依拠した水田農業確立対策実施計画は、水田農業確立対策実施要綱(乙一一)に基づいて農業者である原告から矢巾町長に提出されたもので、市町村長は補助金の交付の関係から右実施計画記載の転作田面積、転作物等を確認することとされており、信用性が高いということができるから、原告本人の右供述は信用できない。
2 右によれば、本件推計において類似同業者を抽出するに当たっては、地理的条件、経営形態、事業規模及び収益力において原告と類似する者が抽出されており、その抽出の過程に恣意が介在する余地はないし、かつ、後に変更される可能性もないから、正確性を有するということができる。また、弁論の全趣旨によれば、農業所得に関しては、水稲であればほぼ同一の地域で地力も同程度の場合、同一単位耕作面積から同程度の収入、経費が発生する蓋然性が高く、転作田についてもほぼ同様のことが認められるから、本件推計方法も合理性がある。
そして、実額課税に代えてやむなく行われる推計課税は一応の合理性が認められれば足りるところ、本件推計には一応の合理性が認められるというべきである。
3 原告は、類似同業者の抽出について、類似同業者の住所、氏名及び経営実態等が明らかにされていないし、本件推計は原処分を維持するために行われたものであって、およそ客観性に欠けるなどと主張するが、所得税法二四三条等による守秘義務の関係から類似同業者の住所、氏名及び経営の実態を明らかにできないのはやむを得ないというべきところ、本件推計においては、類似同業者抽出基準を満たす全ての同業者を機械的に抽出したものであること前記認定のとおりであって、被告税務署長側の恣意が介在していないものと認められるのであるから、原告の右主張も採用できない。
4 なお、原告は、原告の農業経営の実情については、収入支出とも原告の所属する農業協同組合のデータから十分把握することが可能であったから、右データを取り入れるなど、他により合理的な推計方法があったかのように主張するけれども、前記説示のとおり、農業関係の収入及び支出が全て組合を通じて発生するとは認め難いところであるから、右データを推計の基礎とすることが必ずしも合理的であるとはいえず、原告の右主張も又採用できない。
5 また、原告は、農業は経営実態が異なれば耕作面積当たりの生産性には比較にならない差違が生じるところ、原告は遠距離通農を行うなど農業経営上決定的に不利な状況にあったから、原告の特殊事情を考慮すれば本件推計に合理性は認められないと主張する。確かに、農業の経営実態の相異は所得に差違を及ぼす事情ということができるが、事業所得を実額で把握することができず、同業者比率を用いた推計によって事業所得金額を把握する場合、類似同業者間に通常存在する程度の事業条件の差違などの個別事情は平均値に解消されると考えられるのであり、このことは当該事業が農業の場合であっても異ならないというべきである。推計課税は、事業所得を実額で把握できない場合に、限られた資料を基礎として実額に近似する所得を推測する方法であるから、その性質上、原告が主張するような具体的条件の一致までを要求することはできず、原告の主張は採用できない。
三 実額反証について
1 以上のとおり本件推計は一応の合理性を有すると認められるが、原告は実額による本件係争年分の農業所得金額を主張するので、この点について検討することとする。
本件推計は、原告の農業所得及び必要経費について行われたものであるから、原告が実額を主張して推計によって算出された所得金額を争うためには、その実額主張にかかる以外の収入がないこと及びその実額主張にかかる必要経費が右実額主張にかかる収入に対応するものであることの立証が必要というべきである。
2(一) 原告の農業収入
原告は矢巾町農業協同組合に加入しており、同組合が作成した原告の組合員資金勘定(甲一)によれば、本件係争年分に原告に支払われた米の販売代金は四二七万六四一五円、麦類の販売代金の合計は三万五〇八〇円であるところ、原告は右米及び麦類の販売代金合計四三一万一四一五円が農業収入の全てであると主張する。
しかし、右組合資金勘定に記載されているのは、農業協同組合を経由した取引等に限られるはずであるし、前記認定のとおり、原告側から、原告のもとにあったとされる帳簿書類等が提出されなかったことなどを考慮に入れて検討するに、以下のようなことが指摘できる。
すなわち、右組合員資金勘定によれば、原告が主張する以外にも端数米一八七円、敷地補償料七五四〇円、配当金一万八九六〇円、補助金二九六〇円、その他の収入として七万〇六四四円が支払われており、これらは農業収入である可能性が認められるにもかかわらず、農業収入以外の収入であることを示す証拠はない。
さらに、原告は、昭和六三年には自家消費米は取っておらず、前年のくず米を精米して消費した、米、麦類以外には、ビニールハウス二棟(面積の合計は四・一八アール)に大豆を作付けしていたほか、牧草を作付けしていたが、このうち大豆については収穫はあったものの翌年の種として取っておいたので消費していない、牧草は土地を休ませるためのもので収益はなかった、ねぎは経営内容に入っていないので栽培していたとすれば自家用のものであると供述する(第一回)が、右供述はあいまいで具体性に欠けるとともに不自然というべきであって、信用し難い。
以上によれば、本件係争年分において、原告には、その主張にかかる収入以外にも農業収入があった蓋然性が高いというべきである。
(二) 原告の必要経費
(1) 原告は、本件係争年分の雇人費が五九万七五六〇円であったと主張し、その証拠として四名の者が作成した領収書(甲五の一ないし四)を提出する。しかし、これら領収書はその記載から何に対する支払であるのか明らかではなく、宛先が空白となっているものもあるし、右各領収書はいずれも事後的に一括して作成されていること、かなり細かい端数を生じているにもかかわらず、その内訳を明らかにする資料は提出されていないこと、原告の雇人の日当は五〇〇〇円であったとの供述(原告本人第一回)に照らせば、原告が主張するとおりの雇人費をその主張の農業収入に対応する経費として直ちに認めることはできない。
(2) 次に、機械燃料費のうちの灯油代(甲一、三万八二五〇円)、農業電気・ガス料のうちの電気料(甲一、七万八九六七円)の一部及びガス料(甲六の一ないし六、八七五〇円)、農業電話(甲一、五万七六九〇円)・通信料費(甲一、有線利用料一万四一五〇円)の一部、研修費のうちの一般日刊紙の購読料(甲八の一ないし一一、二万五二〇〇円)、会費(農民組合費)のうちの寄付金等(甲一二の二、三、五、六、七、八及び一一。合計一万一二五〇円)は、その用途及び原告の農業の拠点である矢巾町の実家に原告の母が居住していたことを考慮すれば、家事関連費を含む可能性が高いというべきであって、これら全てを農業収入に対応する必要経費と認めることはできない。
(3) また、消耗品の領収書のうち、甲七の一五(一八〇〇円)は発行日付は昭和六二年一〇月九日となっており、これを本件係争年分の必要経費と認めることはできない。
(4) さらに、農業機械・農業自動車修理費用のうち、甲一四の二(九〇〇〇円)は宛先が第三者となっており、この点につき原告は右第三者に依頼して買ってもらったと供述する(第一回)が、何を購入したのか明らかではなく、第三者に購入を依頼したとしても領収書の宛先が依頼者となっていないのは不自然である。
(5) また、減価償却費のうち、田植機の一二万二一〇〇円は昭和五七年五月に取得したものである(甲一七の二)から減価償却期間を経過しており、これを減価償却することはできない。また、バックホー(甲一六。減価償却費として二七万円を計上。)については第三者宛ての領収書(甲一七の四)が提出されているところ、原告は、右第三者に購入を依頼したと供述する(第一回)が、前項と同様に、購入依頼が事実としても領収書まで第三者宛てとなっているのは不自然というべきであって、原告が真実購入したものかどうか疑問であるといわざるを得ない。
(6) 以上によれば、その他の経費について検討するまでもなく、原告が主張する必要経費には、必要経費とは認められないものやその存在が疑わしいもの等があり、原告の主張するとおりの必要経費と認めることはできない。
3 以上検討したところによれば、本件において、原告にその実額主張にかかる以外の収入がないこと及びその実額主張にかかる必要経費がその実額主張にかかる収入に対応するものであることの立証は不十分というべきであって、実額によって原告の農業所得を認定することはできないといわねばならない。
四 本件各処分の適法性について
1 原告の本件係争年分の農業所得金額
本件推計による原告の農業収入金額は別紙2記載のとおり、一〇四万二九七七円であって、これから事業専従者控除額五二万一四八八円(農業収入金額÷(事業専従者一人+一))を控除した五二万一四八九円が原告の本件係争年分の農業所得金額となる(なお、原告は確定申告書の事業専従者控除額の記載欄に六〇万円と記載したが、計算上これを控除せず、配偶者控除額及び配偶者特別控除額の合計四九万五〇〇〇円を控除して本件確定申告をし、本件訴訟においても同様の右配偶者控除額等の控除を主張する。しかし、事業専従者である配偶者について、事業専従者控除の適用を受けた場合、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法五七条三により、配偶者控除等の適用を受けることはできず、右事業専従者控除額の方が高額であるから、事業専従者控除額を控除して算出した)。
2 本件各処分の適法性
本件係争年分の原告の給与所得金額が三七一万九四〇〇円であったことは争いがなく、これに右原告の農業所得金額を合算した原告の本件係争年分の総所得金額は四二四万〇八八九円、課税されるべき所得金額は右総所得金額から所得控除額二三二万六四二二円を控除した一九一万四〇〇〇円となる(以上の経緯は別紙3記載のとおり。課税されるべき所得金額について一〇〇〇円未満切り捨て。)。
そうすると、本件更正処分において原告の総所得金額を四一六万四五七八円、課税されるべき所得金額を一八三万八〇〇〇円として更正処分を行ったとしても、右原告の総所得金額及び課税されるべき所得金額の範囲内に止まるから、本件更正処分は適法であり、右更正処分を前提として行われた本件賦課決定処分もまた適法である。
五 本件裁決の適法性について
1 被告不服審判所長が本件裁決を棄却した理由は、審査裁決書(乙六)に記載のとおりであり、これによれば、同被告は原告の審査請求における種々の主張に対し、理由を付してその判断を示しており、審理を尽くさなかったということはできないから、国税通則法(以下、単に「法」という。)九六条二項に違反するということはできない。
2(一) 次に、原告は、担当審判官は審査請求人である原告の文書閲覧請求に対し、一部のみの閲覧に応じ、あるいは全く応じず、また、原告の求釈明にも応じなかったが、これらの措置も法九六条二項に違反すると主張するので、この点について検討するに、当事者間に争いのない事実、甲二二ないし二六、乙六、原告本人(第一回)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件裁決の担当審判官に対し、原処分時に被告税務署長が行った推計における類似同業者の氏名、住所、農業経営の実態に関する事実を明らかにするため、二度にわたって文書の閲覧請求を行い、また、担当審判官から被告税務署長に求釈明して右事実を明らかにするよう申し立てたが、担当審判官は、一度目の閲覧請求に対し、被告税務署長から任意提出された異議申立にかかる本件係争年分の農業所得実額調査書、更正等決議書写、確定申告書及び異議決定書写を原告の閲覧に供し、二度目の閲覧請求に対しては既に閲覧に供したとして閲覧を拒否し、右求釈明に対してもこれに応じず、何らの回答もしないまま本件裁決がなされていることが認められる。
(二) ところで、法九六条二項は審査請求人に原処分庁から提出された書類等の閲覧請求権を認めているが、本件において担当審判官が原告の閲覧に供した書類等は、裁決書(乙六)や弁論の全趣旨に照らすと、原処分庁から提出された書類等の全てであったことを窺うことができる。
仮に、原告の閲覧に供したものが右書類等の一部であったとしても、審査請求人の書類等の閲覧請求権は審査請求人に有利な裁決を得るための手続的利益を保障したものであるから、裁決がその取消事由に該当するほどの違法性を帯びるのは、審査請求人が閲覧請求に係る書類等に対し適切な主張や反証を提出することによって当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性がある場合に限られるものと解されるところ、前記認定の事実によれば、原告は原処分における類似同業者の氏名、住所及び農業経営の実態に関する事実等推計の基礎となった事実を明らかにする目的で書類等の閲覧請求を行ったものであるが、本件裁決は改めて推計を行い、原処分庁の本件各処分を相当と判断しているのであるから、原告が閲覧請求を求めた書類等を閲覧したとしても本件裁決に影響を及ぼすほどの主張や反論を提出する余地はなかったことが明らかである。
そうすると、担当審判官が原処分庁から提出された書類等の一部を原告の閲覧に供せず、このことについて正当な理由(法九六条二項後段)がなかったとしても、本件裁決に取消事由に該当するほどの違法はなかったというべきである。
(三) 次に原告が担当審判官に求めた原処分庁に対する求釈明についてであるが、原処分をした税務署長に審査請求人に対する説明、回答をする義務を課した法令の規定はなく、また、担当審判官に税務署長に対しその説明、回答を命じ、又は促す義務を課した法令の規定もないから、担当審判官が審査請求人の右求釈明の申立に応じず、税務署長に対し、その説明、回答を命じないで裁決をなしたとしても、特段の事由がない限り、右裁決に審理不尽の違法はなく、裁決の手続にも違法性はないものと解するのが相当であるところ、本件において右特段の事由に当たるような事実の主張立証はない。そうすると、この点も裁決の違法事由とはならない。
3 また、裁決書(乙六)によると、被告審判所長は、原告の審査請求に対し、被告税務署長が行った推計における類似同業者中一名を外の二名と差し替えて改めて推計を行い、本件各処分が相当であるとして審査請求を棄却する旨の本件裁決を行っていることが認められるところ、原告は、右裁決において右差し替えの理由が明らかにされていないので、法一〇一条、八四条違反すると主張する。しかしながら右裁決書には、被告審判所長が審査段階で行った推計において類似同業者を差し替えた理由が示されているから、法一〇意一四条及び八四条の理由付記の定めに違反したものということはできない。
4 ほかに本件裁決の固有の違法事由についての主張はなく、原告の本件裁決の取消を求める請求は理由がない。
第四結論
よって、原告の各請求はいずれも理由がないから棄却することとする。
(裁判長裁判官 佐々木寅男 裁判官 鈴木桂子 裁判官 福士利博)
別紙1
<省略>
別紙2
<省略>
(平均農業所得金額) (原告の耕作面積)
二万五七三六円×四〇五・二六アール÷一〇=一〇四万二九七七円
(事業専徒者控除額) (農業所得の金額)
一〇四万二九七七円-五二万一四八八円=五二万一四八九円
別紙3
<省略>